お前が決めるな!
友人の日記で知った事件。
全盲の女性が、大阪市の保育士採用試験を受験資格を満たしているにもかかわらず、
受験を認められず門前払いしたとのこと。
なお彼女はすでに国家資格の保育士資格を持ち、すでに8年以上にわたり私立保育園での実務経験もある。
http://mainichi.jp/select/wadai/news/20090707dde041040004000c.html
市側のは「視覚障害者が働く職場は確保されていない」と言っているが、これは明らかにおかしい。
ならば受験要綱にその旨を明記すればいいのにそうはなっていない。
これは明らかに職権濫用ではないか?
それよりも私が気になったのは、
第一に採用試験合格=即採用ではないのでしょう?
ならば職場の確保は理由にならないでしょう。
そして第二に、彼女が即働くことを目的に受験をしようとしているとなぜ勝手に決め付けるの?
まず前者はそのままで、とりあえず受験し資格さえ手にしていれば、
やがて職場環境が整ったとき、スムーズに職に就けるでしょ。
そういうことを考えず、正当な理由なく受験拒否しているのは受験生の時間を軽視しすぎていていない?
で後者、こちらがむしろ私が気になっている点。
今回の件を判りやすく言うと、
「どうせ合格できても働く場所はないんだから意味ないでしょ、だから受験しても意味ないですよ。」
と言うことでしょ。
でも、受験に意味があるかどうかは本人が判断すべきことで、
第三者が判断していい事柄ではない!
受験し資格を得ること、まさにそのことにとても大きな意味があるかもしれないとなぜ考えられない?
それは、自分の考えや価値観が唯一無二のもので、それが一番正しいと勘違いしている、
そういう思い上がった馬鹿者の考え方でしかない。
昔こういう話を知りました。
両手のない男性がどうしても運転免許が欲しくて、
知り合いの方に協力してもらい専用の原付を作成してもらい、
その車両を試験場に持ち込み、免許の試験を受けたとの話。
もちろんスムーズにことが運ぶはずもなかったのですが、
度重なる車両の改良とがんばりで最終的には足のみで運転できる車両が完成し、
それで受験し見事免許証を手にしました。
(ただし、その認められた車両限定の免許証でしたがね)
ですが、その方は免許を手にしたらそれで満足し、
その後は公道で運転することもなく、免許証をとても大切に持ちつつけていると言う話。
そう、その人にとっては免許証は利用すべきものではなく、
手にすること、そのこと自身に大きな意味があったのです。
そういう気持ちもわからずに、いや、わかろうともせずに、
「せっかくとった免許も乗らないと意味がないでしょ?だったらいらんやん?」
と言ってしまうことは、どれほど考えのない発言か…
その人々にはさまざまの価値観があるのだから、
それを、画一的に決め付けるのは間違い。
それがたとえ大多数が賛成するような意見だとしても絶対誤り。
そこまで大きくならなくても、すごく身近にもこの手の話はあります。
たとえば私はギターが好き。
だからよいギターが欲しくなり、買っちゃおうかなぁ〜♪とか思ったりたとしてして。
でもそこで、
「あなたは下手くそだし、人前で演奏などできるはずもないから買うのをやめなさい。」
なんて言われたら…?
車でも、洋服でも、ゴルフクラブでも、こういう例は簡単に想像できますよね。
そういう時どう感じます?
私なら
「そんなことわかってるわい!でもそれはわしが判断することやろ!お前が言うことちゃうわい!」
と怒りますね。
でも厄介なことに、そういう発言を普通にしたり、
そういう行動をとる失礼なやからは、自分が間違ってることに気づかずに
相変わらずアホ面下げてのうのうとしてるんですよ。
だって、人の心がわからない馬鹿だから、
だからこちらの怒りも、軽蔑も理解できないもの。
いやになるね。
そうそう、前述の免許の話を最後にもうちょっと…
私はこの話を知ったとき、受験された方と、車両を作成された方のがんばりはもちろんですが、
それ以上に、快く受験に応じ、そして何度も検定をし、
きちんと仕事をされた役所側の対応にかなり心を打たれました。
ですがそのことについての役所の方の感想は
「可能性があるならば検定はさせていただきます。当然の職務ですから。」
と短く述べただけ、ただれだけでした。
なんとかっこよい!
そして、自分の仕事をよくわかっておられて、それに忠実!
大阪市こども青少年局はつめの垢でも送ってもらって飲みやがれ!
全盲の女性が、大阪市の保育士採用試験を受験資格を満たしているにもかかわらず、
受験を認められず門前払いしたとのこと。
なお彼女はすでに国家資格の保育士資格を持ち、すでに8年以上にわたり私立保育園での実務経験もある。
http://mainichi.jp/select/wadai/news/20090707dde041040004000c.html
市側のは「視覚障害者が働く職場は確保されていない」と言っているが、これは明らかにおかしい。
ならば受験要綱にその旨を明記すればいいのにそうはなっていない。
これは明らかに職権濫用ではないか?
それよりも私が気になったのは、
第一に採用試験合格=即採用ではないのでしょう?
ならば職場の確保は理由にならないでしょう。
そして第二に、彼女が即働くことを目的に受験をしようとしているとなぜ勝手に決め付けるの?
まず前者はそのままで、とりあえず受験し資格さえ手にしていれば、
やがて職場環境が整ったとき、スムーズに職に就けるでしょ。
そういうことを考えず、正当な理由なく受験拒否しているのは受験生の時間を軽視しすぎていていない?
で後者、こちらがむしろ私が気になっている点。
今回の件を判りやすく言うと、
「どうせ合格できても働く場所はないんだから意味ないでしょ、だから受験しても意味ないですよ。」
と言うことでしょ。
でも、受験に意味があるかどうかは本人が判断すべきことで、
第三者が判断していい事柄ではない!
受験し資格を得ること、まさにそのことにとても大きな意味があるかもしれないとなぜ考えられない?
それは、自分の考えや価値観が唯一無二のもので、それが一番正しいと勘違いしている、
そういう思い上がった馬鹿者の考え方でしかない。
昔こういう話を知りました。
両手のない男性がどうしても運転免許が欲しくて、
知り合いの方に協力してもらい専用の原付を作成してもらい、
その車両を試験場に持ち込み、免許の試験を受けたとの話。
もちろんスムーズにことが運ぶはずもなかったのですが、
度重なる車両の改良とがんばりで最終的には足のみで運転できる車両が完成し、
それで受験し見事免許証を手にしました。
(ただし、その認められた車両限定の免許証でしたがね)
ですが、その方は免許を手にしたらそれで満足し、
その後は公道で運転することもなく、免許証をとても大切に持ちつつけていると言う話。
そう、その人にとっては免許証は利用すべきものではなく、
手にすること、そのこと自身に大きな意味があったのです。
そういう気持ちもわからずに、いや、わかろうともせずに、
「せっかくとった免許も乗らないと意味がないでしょ?だったらいらんやん?」
と言ってしまうことは、どれほど考えのない発言か…
その人々にはさまざまの価値観があるのだから、
それを、画一的に決め付けるのは間違い。
それがたとえ大多数が賛成するような意見だとしても絶対誤り。
そこまで大きくならなくても、すごく身近にもこの手の話はあります。
たとえば私はギターが好き。
だからよいギターが欲しくなり、買っちゃおうかなぁ〜♪とか思ったりたとしてして。
でもそこで、
「あなたは下手くそだし、人前で演奏などできるはずもないから買うのをやめなさい。」
なんて言われたら…?
車でも、洋服でも、ゴルフクラブでも、こういう例は簡単に想像できますよね。
そういう時どう感じます?
私なら
「そんなことわかってるわい!でもそれはわしが判断することやろ!お前が言うことちゃうわい!」
と怒りますね。
でも厄介なことに、そういう発言を普通にしたり、
そういう行動をとる失礼なやからは、自分が間違ってることに気づかずに
相変わらずアホ面下げてのうのうとしてるんですよ。
だって、人の心がわからない馬鹿だから、
だからこちらの怒りも、軽蔑も理解できないもの。
いやになるね。
そうそう、前述の免許の話を最後にもうちょっと…
私はこの話を知ったとき、受験された方と、車両を作成された方のがんばりはもちろんですが、
それ以上に、快く受験に応じ、そして何度も検定をし、
きちんと仕事をされた役所側の対応にかなり心を打たれました。
ですがそのことについての役所の方の感想は
「可能性があるならば検定はさせていただきます。当然の職務ですから。」
と短く述べただけ、ただれだけでした。
なんとかっこよい!
そして、自分の仕事をよくわかっておられて、それに忠実!
大阪市こども青少年局はつめの垢でも送ってもらって飲みやがれ!

