記憶の味。
今銀行に出掛けたら、
「おや?この八百屋さん…」
私がよくアボガドを買っていた八百屋さんのシャッターが降りていて、
前には自転車がずらり…
思えばここの所ずっとしまっていて、休みかな?と思っておりましたが、
どうもそうでもないみたい。
そう思いつつ歩を進めると、
「あれれれ?」
見慣れた赤いケタッキーの看板がなくなっております。
店を除くと目隠しされ、扉には閉店の挨拶。
う〜ん・・・
そういえば、自宅の隣の布団などの安売りやさんも5月いっぱいで閉店。
ここ商品を道路の半分までせり出して、
年中無休で店を開けていたので、私は休日メッサーを出すにすごく難儀していたのです。
だからこれで、楽にはなるわけですが、やはり寂しい。
(お店のおねえちゃん達にはうちのわん子達も可愛がってもらっていたしね。)
どんなお店でもなくなるのは寂しいね。
それがまた、個人商店の食べ物やさんだったりすると、
おそらくは一生、もう二度とはその味を味わえない!
実は私の妹が好きな漬物屋さんも数年前になくなりました。
妹は赤ん坊の頃からそれを口にしていたので、大人になってもずっと買いつづけ、
結局子供達もそれを食べることになったのです。
いわば妹のソウルフード。
でも漬物なんてものは、店店で全く味が違うから、
今となってはもうどこを探してもあの味は…
こういうものは記憶の中で何度も反芻し、
そのたびに味がどんどんかってに理想の味に変化していってしまうので、
いつまでたってもそれを超える味には出会えないことが多いのだとお思います。
「あ〜、あの時のあれを越える味にはまだ出会えないな〜。」
そう思うのは悲しいことですが、
反面、自分だけの特別な味を持っているという意味では幸せなのかも?
ちなみに私の場合。
サカエ(ダイエー)の前にあった、「肉屋さんのコロッケ」と「オヤツセンターのピロシキ」と「大栗焼き屋の野菜カステラ」です。
あの味をこえるものには、あれから出会っていないな〜。
一方昨晩の我が家の味は…

メークをスライス、チンして炒めてその上に♪
カリカリベーコン ア〜ンド 新タマ投入♪
塩胡椒で味をつけたら、そのまま芋にブッカケ丼!
キュウリを叩いて塩でもみ♪
塩ダレたらしてよく混ぜて
ごまの油で出来上がり!
ご飯が進みます!
「おや?この八百屋さん…」
私がよくアボガドを買っていた八百屋さんのシャッターが降りていて、
前には自転車がずらり…
思えばここの所ずっとしまっていて、休みかな?と思っておりましたが、
どうもそうでもないみたい。
そう思いつつ歩を進めると、
「あれれれ?」
見慣れた赤いケタッキーの看板がなくなっております。
店を除くと目隠しされ、扉には閉店の挨拶。
う〜ん・・・
そういえば、自宅の隣の布団などの安売りやさんも5月いっぱいで閉店。
ここ商品を道路の半分までせり出して、
年中無休で店を開けていたので、私は休日メッサーを出すにすごく難儀していたのです。
だからこれで、楽にはなるわけですが、やはり寂しい。
(お店のおねえちゃん達にはうちのわん子達も可愛がってもらっていたしね。)
どんなお店でもなくなるのは寂しいね。
それがまた、個人商店の食べ物やさんだったりすると、
おそらくは一生、もう二度とはその味を味わえない!
実は私の妹が好きな漬物屋さんも数年前になくなりました。
妹は赤ん坊の頃からそれを口にしていたので、大人になってもずっと買いつづけ、
結局子供達もそれを食べることになったのです。
いわば妹のソウルフード。
でも漬物なんてものは、店店で全く味が違うから、
今となってはもうどこを探してもあの味は…
こういうものは記憶の中で何度も反芻し、
そのたびに味がどんどんかってに理想の味に変化していってしまうので、
いつまでたってもそれを超える味には出会えないことが多いのだとお思います。
「あ〜、あの時のあれを越える味にはまだ出会えないな〜。」
そう思うのは悲しいことですが、
反面、自分だけの特別な味を持っているという意味では幸せなのかも?
ちなみに私の場合。
サカエ(ダイエー)の前にあった、「肉屋さんのコロッケ」と「オヤツセンターのピロシキ」と「大栗焼き屋の野菜カステラ」です。
あの味をこえるものには、あれから出会っていないな〜。
一方昨晩の我が家の味は…

メークをスライス、チンして炒めてその上に♪
カリカリベーコン ア〜ンド 新タマ投入♪
塩胡椒で味をつけたら、そのまま芋にブッカケ丼!
キュウリを叩いて塩でもみ♪
塩ダレたらしてよく混ぜて
ごまの油で出来上がり!
ご飯が進みます!

