ひす日記BBS

日々の出来事や、連絡事項

2017-11

柄もの?無地もの?

先日商店街でテレビのロケがありました。
若いスタッフの子が角に立ち、道行く人を見定めております。
で、これと思った人に声をかけているのですが…

どうも今回は、
「大阪と東京、で柄ものと無地ものじどちらがそれぞれ人気なのか?」
という調査企画のようです。

そういうわけで、「無地と柄同じ価格ならどちらを選ぶか?」という質問を通行人に投げかけている様子。

そういうことらしいのですが、
見ているとどうも声をかけるターゲットは柄物を着ているひとに絞っているみたい。
ですが、この日は無地の人が多かったため、先ほどの様に人待ちの様子だった感じです。
無地のひと、柄物のひと、それぞれ同じ人数のデータを取りたいのか、
(それとも、柄物のひとばかり抽出し、予想通りの結果に持って行きたいのかな?)


さて、実はここまでは私が奥さんから聞いた話。
というのも、その時ちょうど私は犬を連れ散歩に出ていたから。
だからこの話を聞いたとき、
「なるほど、だからあの時こちらをちらちら見ていたのか!」
と気が付きました。

というのも、その日私は体前面に大きく犬のイラストが刺繍された、
これ以上ないほどの柄物セーターを着ていたのですよ。
だから、スタッフの子はこちらが気になったんでしょうね。

「でも全然声をかけてけぇへんかったな~?」
「パパには声をかけづらかったんちがう?」
「ガラはええけど、柄が悪そうやったからってか?」


わはははは!


ほっとけ!(・∀・)


とまあ、実際柄物が大好きな大阪人の私でありました。

みなさんはどちら?
ヽ(^∀^)ノ

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気持のよい叱りかた

先ほど店の前で子供の泣き声と母親の叱り声が。

「うえぇええ~ん!」
「どっちが悪い?!叱ったママか?ゴミをほったあんたか?」
「うええぇ~ん!」
「ゴミをほったんはあんたやろ?道路はゴミ箱と違うで!周りに迷惑をかけな!」
「うべぇ~!」

これを聞き、久々にちゃんとした叱り方を見た気がしました。

だって最近目する叱り方って、
たいていその理由が、「子供が何かをねだる。」とか「子供が自分の思い通りにならない。」とか、
あくまで親の都合による原因で、
しかもその叱り方の際、
「見てみ、おばちゃんに笑われてるわ。」
とか、
「ほら、あのおっちゃんに怒られるで!」
とか、まったく関係ないものを巻き込み、そちらに責任転嫁するかのようなひきょうなやり方。

100歩譲って、「おっちゃんが怒る」にしても、なぜ「怒られるか」分かるはずもない。
唯一、子供に伝わるのは、
「今取りあえず、自分の親が怒っている。」
ということでしょう。

これではその先、この子供がまともに育つとは思えない。
だって、これでは叱られている問題の本質がまったく見えてこないから。

なぜ叱られたのか?
なぜいけないのか?

そういうことをその都度正しく子供に伝えれば、
後々その子は、いわゆる常識・道徳をちゃんと持った大人に成長できる。

ですが、先ほどのようなおかしなしかり方しかされていない子供は、
見つからなければ、OK,ばれなければOK,
極端なものでは、自分さえよければOKという考え方になる。

最近、ちょっと注意したりすると、
「それがあなたに何か迷惑でもかけていますか?」
とか、
「法律で禁止されていますか?」
などという屁理屈を言うものがまりに多い。

そういうものたちは、いわゆる常識、道徳というものを正しく理解していない。
物理的な損害のみが迷惑というものなわけではない。
法律で定めるまでもない当たり前のことだから、法律で禁止していないだけのこと。
そういったことが理解できていない。

そしてそういうものたちが次の世代の子供を育てるのかと思うと…


正直、ぞっとする!

やめてくれ!

と、そう思う。


それだけに、冒頭のしかり方には救われた。
しばらくぶりにスカッとした気持になりました。


【ばんごはん】

「にいちゃん助けて~!全然売れへんね~ん!」

と、毎度毎度の魚屋さん。
だからまあ、それじゃあと見てみると、綺麗な剣イカ(ケンサキイカ)が。
「じゃ、この剣イカ3杯、さばいといて。」
「あ~りがと~!3杯で1000円にしとくわ!」

というわけで、夕飯は…
20150712.jpg
剣イカのお刺身と、ゲソの醤油焼き。
で、ご飯を作りながら開けた缶ビールのあてのコンビーフでスープ。
お野菜は、今が盛りのピーマンとトマト!

うん、夏めしだ!

ヽ(^∀^)ノ

生きる価値


昨日友人の日記をちらりと読んだ。
で、よく考えてからコメントしようと思ったら、消えていた。

だからここでその考えを書いてみる。

端的にいってしまえば、「生きる価値・意味がない人間がいるのか。」というもので、
友人は、障がい者を不要なものと切り捨てる者たちに対しかなり憤っていた。

そして、そのものたちの言い分は、「社会的に生産性のないものは、不要な存在だ。」
という類のものだったと思う。

でもそこには、そういう存在を大切に思い、その存在を心の糧に生きている、
そういったもうひとつの存在を完全に忘れている。
というか、気づいていない。

誰かが存在すべき価値が、誰かのために必要となるものであるとするならば、
それは単純に、生産性や社会への貢献などだけではなく、
誰かが愛し、必要とし、ただそこに「存在してくれればよい。」という一点でも十分価値がある。

これを認めない人間は、今後の生活において、
飲食では必要な栄養素のみを口にし、味わいや、風味、などという楽しみを捨て、
日常生活では、娯楽などは認めず、仕事と休息運動以外はしない。
そうした生活をよしとすべきです。

生産性のみを突き詰めるというのは、そういうことです。

ちなみに、やらしい話ですが、障がい者の人たちも、今ではその存在の規模から、
ある一定の大きな市場カテゴリーを形成する核となっています。
その意味においても、生産性、社会貢献性がないなどとはいえるはずもない。


そう考えれば、世の中に無駄な存在などほとんど皆無になってくるはず。
たとえ、天涯孤独で、だれからも必要とされていなくとも、
自分自身が生きたいと思えば、それだけで十分生きる価値があるはず。

でないと、それを否定すれば、人類そのもの、
ひいては生き物全体の存在理由を否定することになるから。

だって、人間なんか自分たちの都合だけで地球上の生き物や資源を好き勝手にいじりまくってるから、
その進歩や社会貢献なんか、他の生き物からしたら全く意味がなく無価値。
人類自身が必要思っているからこそ、必要であって、
人類自身からすれば、人類が存在することそれだけで十分意味がある。
これを、規模を縮小すれば先ほどの話しになるはず。

つまり、自己の存在を自己が認めないのならば、
逆説的に、すべての世界をも否定することとなるはずです。

だから、軽々しく他者や、自己が無価値などと言うべきではない。

それは、その者や、自分自身にかかわりのあるものすべての思いを
一方的に否定するものだから。

そんなこと、していいはずがないし、できるはずもない!


結局のところ、当事者の存在意義なんて、第三者が指摘することではなく、
第三者が指摘できるのは、その第三者にとっての利用価値でしかないのです。

そう思うと、一番最初に障がい者を槍玉に挙げている連中は、
自分以外のすべての存在を、自分が利用できる・利用するためだけの存在だと宣言しているに他なりません。

なんとまあ、思いあがった、しかも頭の悪い・・・

そういう連中に言いたい。

「そういうあなたは私にとってどれだけ利用価値がありますか?」

   ないのならぜひ消えて欲しい。



   ややこしい話&長文でごめん!

なお、文中の「障がい者」、「人間」を、「犬猫」「家畜」「ペット」「虫その他」と置き換えてもらって、
そしてもう一度読み返してもらいたいとも思います。

プルトップと車椅子

「缶ジュースのプルトップを集めたら、車椅子と交換できる。」

そういうシステムがあって、よくあちこちで募集しているのを見かけますよね。
いきつけのバイク屋さんや、ジムの受付にも収集箱があります。

でも実は私はこれがいつも疑問でして。

「なぜプルトップ?なぜ空き缶本体じゃないの?」

と…

というのも、これはプルトップそのものを集めどうこうしようとかいうものではなく、
回収したプルトップをアルミとして売却し、そのお金で車椅子を購入というシステムだから、
明らかにプルトップより重量のある空き缶本体の方が有利でしょう?

ちなみに、プルトップ800キロで車椅子一個になるそうなんですが、
今日の相場が1キロ92円やから、800キロやと7万3600円!
http://www.ohata.org/kakaku.html
車椅子相場が2~3万なんでこっちの方がかなり効率いいでしょ?

最近はあちこちに買い取ってくれる業者も出てきてるからそんなに面倒でもないし。
おまけにプルトップをわざわざ引き剥がす手間もいらない。
なのに、なぜに空き缶を集めないのかいつも不思議だったのですよ。

そこで昔ちょっと調べてみたら、
このシステムは、昔の分離式プルトップのポイ捨て防止のためにはじめられたものらしいのです。

と、ここで昔のプルトップを知らない方に…
今のプルトップは指をかけて引き起こしてもそのまま空き缶にくっついていますが、
昔のはプルトップごと引き剥がしてしまうタイプだったのです。
だから空き缶もそうですが、引き剥がされたプルトップもあちこちによく捨てられていました。
そしてまた厄介なことに、空き缶は拾いやすいですが、
プルトップは小さくて回収しにくいのでそのまま放置されることが多く
それが結構問題になっていたのです。

そこでその問題解決の方策として、こういうシステムが出来上がったとのこと。

なるほどなるほど…

でもへそ曲がりの私はちょっと邪推しちゃうわけなんです。



「これってちょっとおかしくないかい・・?」


鉄ではなくアルミのプルトップのみを対象にし、しかも相場よりかなり割高の交換設定。
これは絶対損をしない。
いや、関連業者と組めば濡れ手に泡の大もうけも可能?
そして、なにより一番すごいと思ったのは、回収させるための動機付け!
「あなたの善意を福祉のために。」

これは誰も賛成こそすれ反対しないもん。


本当に福祉のために車椅子を寄付したければ、
空き缶そのものを回収し、それを売却した金額をそのまま団体に寄付すればいい。
でもそれをしないのは、空き缶の回収システムがすでに成立しており、
それをわざわざ車椅子のために壊せないことにあるのだと思います。
(おそらくそこには再利用によるコストダウンも当然あるはずだろうし。)

だから今行われているプルトップ事業は、本来の「ポイ捨て解消」という目的がなくなった今となっては、
本当は撤退したい事業なんだと思います。
でも全国各地で認知度も上がってしまい、業界のイメージアップもあるので続ける必要がある。
そういうわけで、こういう交換比率になっているのと違うかな。


…と、そうかってに思っております。



ま、結局私が何を言いたいのかというと。
当たり前だと思っていることも、実はかなり不自然で
もっともっとよい方法があるのかもしれないと、
そういう風に考えることも必要じゃないかな~。ってこと。


そうそう、これは何も現在善意でプルトップを集めてらっしゃる方々を批判したり、馬鹿にしているのではありません。
そういう方々には本当に感謝し、頭の下がる思いがするのですよ。
でも、もし本来の目的が「車椅子」もしくは「寄付」にあるのならば、
空き缶を集めて売りに行って、そしてそのお金を寄付する方法もあるのだということを知って欲しかったのです。
(チョコっとそのお金で缶ビールを買ったりしても、またその空き缶も再利用できる♪)

ただ、プルトップと違って場所を取るのが難儀なわけですが。
(=^^=)ゞ

くま~

くま~…
今年もまた熊が山から出てきて、そして人を襲って撃ち殺されました。
毎年こういうニュースを見るたびにやりきれない思いがします。

本来、彼らの生息地域である場所を、
人間が勝手に開発して追い出した挙句、
食べ物がなくなって、人間のテリトリーにはいってしまうとこの騒ぎ。
無論、襲われた方々に罪はなく、お見舞い申し上げるしだいではあるのですが…

野生動物にむやみに餌を当てるのは決してしてはいけないこと。
それは、変に彼らの生きていくうえでのルールを捻じ曲げることだから。
そういうことは重々承知はしているのですが、
たまには例外もあっていいのではないだろうか?
きけば、今回の件も事前に何度か熊の姿が目撃されていたとか。
そうすると、少し考えれば凶作で山に食料がなく降りてきたということがすぐ分かるはず。
ましてやこの時期、冬ごもり前で一番食料の必要な時期。
ならば…
いっそ、人里などから離れた場所に、彼らのための食料を投下したりしては?
そういうことをしてはいけなかったのだろうか?

人間界では、食べ物や作物でも
少し古くなったものや、形の悪いものが次々と廃棄処分にまわされている。
そういうものを山の中においておけば…
無論口で言うほど簡単ではないだろうけど、
もしそういうことが出来ていれば、熊とかもわざわざ人のいる場所に近寄らないと思うのだけど。
人間が彼らを怖がる以上に、多分彼らは人間が怖いはずだから。

めんどくさいかもしれないけれど、そうすることでうまく行けば、
お互いのテリトリーを侵すことなく暮らしていけるのではないかな~?

無論夢かもしれないけどね。

かって中学生の素朴な疑問からこういう本が作られました。
http://blog.goo.ne.jp/tkorganic/e/66f29970ff333b9c2b69289591a3c7f8

kuma.jpg

http://homepage2.nifty.com/kumamori/syuppan-top.htm
一冊100円の本ですが、うちには今4冊あるので、
ご希望の方には無料でお送りいたします。

気になった方はご遠慮なくどうぞ。


【余談】
この本の中に書いてある実話なのですが…

署名などの運動でがんばる子供達でしたが、
マスコミや環境庁はその声に全く耳を傾けなかったのです。
っそして挫折しかけた時に、近所のある町に「植樹祭」天皇皇后両陛下が来られるという情報が!
そこで、
「両陛下が来られる!全国に訴えるチャンスや!」
と直訴に及ぶ子供達。
すると翌朝事態は一変!
新聞では一面に大きく、環境庁では異例の臨時職員会議!


くやしいけれど、権力がないと動かせないことの方がはるかに多い。
でも、その訴えが正しければ、
そして真剣に取り組めば、
こうして、ことを動かせる力のある人の心をつかむことだって出来るんですよ。


実は昔この本を読んだ時、
ここの下りで、思わず熱くこみ上げてきてしまいました。

(=^^=)ゞ

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